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2020年 08月 10日

「文化」が生まれる場所

「文化」というモノにある種、憑りつかれているような気がする時があります。

「文化」というのは、何なのか。どうなれば「文化」と言えるのか。

「地域」という集合体がありますが、地域が良くなるためにはどうなれば良くなるのか。

地域が良くなるためには、インフラはもちろん、人が居ないと良くなりません。税金が街に反映するので、人と人との活気がないと、過疎になりますし、もちろん過疎の街でも「良い」という人は居るかもしれませんが、一般的にはあらゆる年代の人が居る方が「地域」としては良いと思います。

若い世代が居るということは「教育」に担保があるということです。アル地域では、同じ税金を払っているのに、街に「国立図書館」「美術館」などの「本物」があり、日常的に「芸術」があります。

アル地域には大自然の「山」「海」がありますが、それは「旅行」というのと「生活」ということで比較した場合には雲泥の差があります。

果たして、どちらが良いのか?
レジャーで考えれば大自然が良いですけど、教育や文化で考えた場合は「都会」が良いです。
自然はあらゆることを削って、一つの「奇跡」みたいな「美しさ」を感じる場所のような神秘的な所。その反対に都会はあらゆる可能性があふれた便利な所のように感じます。

つまり、若い世代にとっては、インフラや利便性、子どもの将来性を考えた場合、人口の多い(税収の大きい)「地域」に移り住むというのは、必然です。

そんな両極端な場所を比較して、安心を得る前に、その間の中途半端な田舎はどうしたら良いのか。

税収が余りない、老人が多い過疎化手前の地域は日本中にあふれています。
生まれてくる子どもは、自然も都会もレジャーとして目に映り、必ずしも一定ではない教育や文化の指標が表れているのではないでしょうか。

 そういうことを考えている人たちは、結構居まして、何かしらの努力をしています。その努力は簡単に言えば「まちづくり」
それが成功するのは稀で、失敗しているのが現実です。

話を最初に戻しますと、地域には「文化力」と「教育力」というものが大きくなると、人は集まる。と私たちは信じ行動しています。

「文化」は、人が居ないと出来ません。文化は人の熱であり、エネルギーです。
明日から文化が出来てます、ということでもありません。
文化は継続的に続いてきた大衆の営みに呼ばれる名前の総称だからです。

そんなことを考えて、私たちは地域で出来ることを思い巡らせ、あくまで続いていけることを念頭に活動出来る仕組みを考えています。

山鹿地域に「文化」が根付くことを目標にして、来月から張り切って行きます。

「文化」が生まれる場所_b0369943_08391031.jpg


by sumiya-aramono | 2020-08-10 07:56 | 文化 | Comments(0)


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